AI(人口知能)が発展すればするほど人類は不幸になるのではないだろうか
平成の終わりごろから急速に、「AI(人口知能)」というワードが世間に浸透し認知されるようになった。
特にお掃除ロボットや車の自動運転などがメディアに大きく取り上げられようになってからは、更なる「AI」の進化と発展に期待を寄せている人も多いのではないだろうか。
しかし、私は世間のAIに対する期待とは逆に不安要素のほうが大きいと考えています。今回はその理由を主観的な意見とはなってしまうが簡単に述べていきたいと思う。
貧富の差を拡大させる
AIの発達は雇用に良くも悪くも大きな影響を及ぼすでしょう。
近い将来、AIに人間の仕事が奪われるのではないかと囁さやかれていますが、今ある仕事のほとんどがAIで代用できる以上、まあ、ほぼ間違いなくAIに仕事を奪われると思っています。
経営者側からしても、正確性や効率性、コストパフォーマンスの上でも、人を雇うより明らかにAIを導入したほうが得だろう。
また、問題なのはAIの導入に伴い失業する雇用者の存在である。
今の社会ですら就職するのが困難の中、機械化が進み雇用の幅が狭くなれば、これといった手に職がない以上、再就職は難しくなる。
そうなれば国の生活支援を頼らざるを得ない状況になり、より一層、貧富の差が広まるのではないでしょうか。
サイバー犯罪に悪用される
便利なものが生まれれば、その便利なものを利用して悪いことをする人は必ず現れます。
経済の活動基盤がAIになった場合、会社の顧客情報や自分のプライバシーに関する情報はインターネットを通してすべてAIが管理することになるでしょう。そのAIがウイルスやハッキング、サイバーテロの標的にされれば、社会に及ぼす被害は甚大なものになり
ます。
利便性の裏には必ず大きなリスクがあるということを忘れてはいけません。
人間の理解を超えてしまうと...
このまま技術が発展し、AIがシンギュラリティに到達した場合、社会はどうなるのでしょうか。
仲良く平和的にAIと共存しているのか、はたまた、「ターミネーター」や「アイロボット」のようなSF映画の世界になっているか、それは誰にも分からないことです。
先の見えない将来に対して唯一できることは、AIが我々人類の脅威にならないことを、ただただ祈ることだけなのかもしれません...
※シンギュラリティ・・・「特異点」、AI自身が自らより優れたAIを作りだ
すことにより、急速的な知能の進化を遂げ、い
ずれは人間の知能を超える転換点のこと。